「霊柩車」(瀬戸内寂聴)

味わうべきは父と娘の距離感

「霊柩車」(瀬戸内寂聴)
(「日本文学100年の名作第5巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第5巻」新潮文庫

夫との離縁が解決してまもなく、
「私」は挨拶の意味をこめて
父を見舞った。
いつものように、
訪れのノックを聞くなり、
す早く戸をあけてくれた父は、
その朝にかぎり、
お決まりの厭味を吐かなかった。
「私」は父の優しいしぐさに…。

アンソロジー
日本文学100年の名作第5巻」に
収録されている
瀬戸内寂聴の私小説です。
私小説とはいえ、
「私」は「晴美」の名前で呼ばれていて、
作家志望、
夫と子を捨てて家を飛び出し、
正式な離婚まで時間がかかったこと、
父親が仏壇店を営んでいることなど、
内容はほぼ自伝であり、
創作が入っているのかどうか
わからないくらいです。
書かれているのは一言で言えば、
「父の思い出」です。

ここで味わうべきは
父と娘の距離感なのでしょう。
「父」はかなりえげつない言葉を
娘に浴びせています。
周囲に対しての
「あんな恥っかきの出来そこないは、
 わしの目の黒いうちは
 この敷居をまたがしはせん」

という発言は、
当時の頑固親父であれば
珍しくもなかったのでしょうが、
娘に宛てた手紙はもっと辛辣です。
「お前さまは人間の道から外れ、
 外道の鬼になったおなご」
「わびなど今更、いっそ
 大鬼になられるよう願います」

久しぶりに実家に帰ろうものなら
「晴美の米盗人が来くさったから、
 米櫃の蓋ようしめておけよ」

さすがです。「私」はそれすら
冷静に受け止めています。
「病気になって以来、
 実の娘の姉にさえ、
 控えめで弱気になっていた。
 そんな父が歯切れのいい言葉を
 浴びせかけることが出来るのは、
 妹娘の私ひとりのようであった」

しかし「私」の離婚が成立し、
復籍してからの父親の態度は
また違ったものになります。
二人は差し向かいで
杯を傾けるようになるのです。

表面上の言葉は
厳しく容赦のないものであっても、
その根底には親としての愛情が
脈々と流れているのです。
家を出た娘に甘い顔はできない、
しかし再び親元へ帰ってきたなら
決してそうではない、
そんな昔気質の父親の姿が
綴られていきます。
近くて遠い、
遠いようですぐそばにいる、
父と娘の何ともいえない距離です。

離婚時のあれこれが、
それと対比して描かれています。
結婚して子どもまでもうけても
所詮は他人です。
言葉の上では優しさに溢れていても、
それに伴う行為には
悪意が隠れています。

そんな父親の気質を
受け継いでいるのか、
「私」=作者・瀬戸内の筆は、
事実だけを淡々と記しながらも、
深い愛惜の念に満ち溢れています。
迸りそうになる感情を、
強い意志で押しとどめたかのような
文章です。

昨年99歳の大往生を遂げた
瀬戸内寂聴が、
60年も前に書き上げていた
味わい深い逸品です。
ぜひご賞味あれ。

〔本書収録作品一覧〕
1954|突堤にて 梅崎春生
1954|洲崎パラダイス 芝木好子
1957|毛澤西 邱永漢
1957|マクナマス氏行状記 吉田健一
1958|寝台の舟 吉行淳之介
1958|おーい でてこーい 星新一
1958|江口の里 有吉佐和子
1959|その木戸を通って 山本周五郎
1960|百万円煎餅 三島由紀夫
1960|贅沢貧乏 森茉莉
1961|補陀落渡海記 井上靖
1961|幼児狩り 河野多惠子
1962|水 佐多稲子
1962|待っている女 山川方夫
1963|山本孫三郎 長谷川伸
1963|霊柩車 瀬戸内寂聴

(2022.2.24)

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